第39回 『事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!』 鳥取こども学園 副園長 藤野 謙一
2021年5月5日(こどもの日)記
学園は家族であり、ルーツである
2021年2月、鳥取こども学園(以下、学園)OBのSさん78歳の葬儀が行われました。血縁者は誰もおらず学園職員などに囲まれて天へ召されました。一人暮らしで末期ガンだったので、OB仲間のいるシェアハウスをSさんが住みやすいように改修工事をしていましたが間に合いませんでした。Sさんは小学4年から鳥取こども学園で生活し、退所後は波乱万丈な人生を経て、晩年は学園の職員となりました。職員になる前から天に召される直前まで、いつも学園事務所に立ち寄り職員と昔話をしたり雑談を楽しんだりしていました。Sさんの遺品整理をしていると、「自分は人のために何をしてきたか?」という自分を卑下する文章が出てきました。人生の壁にぶち当たって、一人孤独に苦悩された足跡です。しかし、晩年は人のために尽くしました。学園の利用者・子どもたちみんなでお別れをしたとき、ある利用者が「僕はSさんに何もお供えできないけど、飴玉なら持っている」と遺影の前にポケットから取り出した飴玉をお供えしました。また、ある利用者は「そういえばSさんは甘い物が好きだったから、バレンタインのチョコをあげよう」と言ってくれました。「人のために尽くした」証(あかし)をもらい、Sさんも天国で喜んでいると思います。
学園のOB・OGの葬儀は様々です。中には高齢で知った職員も少なく、通夜も数人で葬儀は学園職員を集めて行われる場合もあります。その人その人の人生を最後まで見届け、人間の尊厳を守ります。また、中には県外で天に召されて、遺骨がいつまでたっても学園に届かない場合があります。血縁関係でなければ遺骨は引き取れないとたらい回しにされて最終的に学園に届くのです。そのときには「天に召されてまで、人間の尊厳が侵されるのか!」と怒りを感じます。遺骨は学園のお墓に収められます。
学園のOB・OGたちは大人になり、自分のルーツ探しのために連絡してきます。最近もあるOBが自分のルーツを探しに学園を訪れました。自分の中で20年以上もポッカリと穴が開いていたルーツが一つなぎの物語として完成したことに喜び、「映画『かぐや姫の物語』主題歌の『いのちの記憶(作詞/作曲:二階堂和美)』の歌詞に『いまのすべては、過去のすべて』とあるけど、本当にその通りだと思う」と言っていました。
事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!
前述した内容は学園の営みのごく一部です。数字では表せない、教科書には載っていない、もっと多くのことを施設現場の職員はやっています。これらのことは言葉にしにくく論文も書きにくいのです。また、世間様に知らせたくても人権の観点から大々的にアピールできることは限られていることもあります。特に、現場の職員は目の前の子どもや利用者、保護者に対応することに精いっぱいで外に発信する余裕はあまりありません。上手に言葉にすることも苦手です。
そんな中で、2017年に施設現場をよく知っている研究者からも批判のあった「新しい社会的養育ビジョン(新ビジョン)」が施設現場(施設の職員や施設で生活している子どもやOB・OG)の声を聴かずして作成され、現在は既にその新ビジョンに出された方針で国は動いています。里親を増やしていくという内容は良いのですが、重篤な状況にある子どもは施設に、そうでない子どもが里親に行くといった直線的な発想で固定化した方針をとっています。学園の子どもたちやOB・OGにそのことを聞いてみると「里親で生活して合わなかったらどうするの?どこかへ異動しないといけないの?私たちに選ぶ権利はないの?たまったもんじゃない」と言っています。ダグハマーショルド元国連事務総長が「大衆を救うために、勤勉に働くより、一人一人の為に全身全霊を捧げる方が気高いのである」と言っているように、里親か施設かというのは、制度で固定化して決めるべきではなく、一人一人の子どもに全身全霊を捧げて子どもの声を聴きながら決めていくべきだと思います。施設のことは、研究者等よりも現場職員やそこで生活する子どもたちの方が何十倍も知っていますが、今は施設現場の職員や子どもたちの声を届ける道すらない状態で制度の方向性が固定化されて進んでいます。このもどかしさや怒りで、思わず次のような言葉を言わずにはいられません。「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!(劇場版『踊る大捜査線』のクライマックスで、ついにブチ切れた青島俊作が偉い人たちに対して発した怒りのセリフ)」
今日は「こどもの日」です。子どもたちを取り巻く社会は大変な状況になっています。しかし、皆様のご理解とご支援によって、我々は子どもたち・利用者さんたち・保護者さんたちと前へ進んでいけます。多くのご支援くださっている方々へ、この場を借りて深く感謝いたします。
2021.05.06